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自己不信にさいなまれるワケ

 

「自分には絶対無理だ」と、自分の能力や才能に疑問を感じ、本当は挑戦したい事でも諦めてしまう人がいます。

 

誰でも一度や二度、自分自身の事や自分の能力、自分の目的や目標などについて疑問を抱くことはあります。問題はふとよぎった疑いをそのままやり過ごすのか、根付かせてしまうのかなのです。

 

人はみな、全てにおいて自己イメージと一致する行動を取ります。だからプラスの自己イメージを持っている人は、上手くいかない事があっても、自分を出来の悪い人間だと見なしたりはしません。しかし自己イメージのマイナスな人は、完全に不可抗力の事であっても、全ての結果を自分の責任だと思ってしまうのです。

 

マイナスイメージに傾倒してしまうのは、成長過程においてプラスイメージを引き出すのが上手くいかなかった為です。だから大人になっても引きずり、自己不信になってしまうのです。自己不信を克服するには、マイナス思考からプラス思考へ、切り替えていくしかありません。

 

ここではマイナス思考によって、欲求不満が溜まっていると陥る行動や思考癖について考察しています。

 

 

自分は運が悪いと思ってしまうワケ

 

「人生、ろくなことがない」「自分は運がない」などと、こんなに運が悪くなければ、もっとすごい事ができたかもしれないし、もっと偉くなっていたかもしれないと思う人は、自分の管理能力の無さを「運命のせいだ」と勘違いしています。

 

運の良し悪しを理由にすれば、人生の責任を自分で背負わなくて済み、自分が出来るはずだと思っていた事全てに関して、言い訳も立つので慰めにもなり、、様々なプレッシャーからも逃れられます。自我が軟弱なため、責任感が無く、周囲の状況などのせいにする事によって、自分を守っているのです。

 

成功や自分の思い通りの結果を出すには、確かに運も関係しているのかもしれませんが、成し遂げられない事を全て運のせいでは、一生、自分の望みは叶わないままです。

 

またいつも「不運」と思うのは、マイナス思考である証拠です。プラス思考に変えるだけで「いつも良い事が起こるかも」といった、前向きな考えに変わっていきます。

 

自分はつまらない人間だと思ってしまうワケ

 

「自分の人生は無意味だ」「自分はつまらない人間だ」などと思う人は、人の価値は外面にあると思っています。ですから財産や地位など、他の人と比べて劣っていると感じると、自分には何もないと思ってしまうのです。

 

しかし本来、人の価値とは着飾った外面にあるのではなく、内面にあるものです。内側に自信のある人は、外面的に劣っていたとしても、自分の事を「つまらない人間だ」とは思わないでしょう。

 

内面の自分を豊かにしていくには、もっと自分を愛し尊敬しましょう。そうすると他人にも同じように愛を与える事ができ、それが自分の存在価値を高めていく事になるのです。

 

 

ひどく意地悪になったり冷たくしてしまうワケ

 

人は誰でも意地悪な面があったりします。精神的に壊れていない限り、人が心無い事をする時というのは、怒りと欲求不満が原因です。つまり不満の処理が出来ないために、当り散らしているのと同じことなのです。

 

しかしストレスが溜まり過ぎていたり、何となく虫の居所が悪い日というのは誰にでもあり、「つい後で後悔するような事をしてしまう」というのは、どんなに人格者であってもある事なのです。

 

問題なのは行為の慢性化、又は行為に依存し意図的に行う場合です。自分のその時の気分次第で、優しくしたり冷たくしたりというのは、すでに相手を心から思いやろうという気持ちはなく、完全な利己主義に変わっている証拠です。またこのような事の繰り返しはただのイジメでしかありません。

 

こんなことを続けていても、何も意味がなく良くもありません。自分で「良くないな」と気づけているうちにすぐに辞めるべきです。

 

 

小さい事をいちいち気にして腹が立つワケ

 

子供がジュースをこぼした、床にゴミが落ちていたなど、とても小さなことでさえ腹が立つ、何につけてもすぐカッとなりやすいというように、些細な事にすぐイライラする人がいます。これは神経質だからという理由ではありません。

 

このような人は目標も熱中するものも無い、また生活も充実していないという欲求不満を抱えており、精神的に安心できる拠り所無い為に、心のバランスが保たれていません。常に欲求不満状態であるため、自分のストレスを上手く処理できず、不満を外に向けてしまうのです。

 

欲求不満はモノの見方に偏りが起こります。小さな事ばかりに注意が向き、些細な事でも大きな問題として捉えるため、上手く処理できなくなります。また絶えず注意深い目を周囲に向けるため、必ずといっていいほど不満のネタを見つけてしまいます。

 

実際、充実した生活を送っている人というのは、大きな視野で物事を見る事ができるため、細かいことにいちいち目くじらを立てる事も無く、とても大らかなのです。

 

この症状を改善するには、欲求不満を取り除いていくのはもちろんですが、生活の中で本当に大切なものを思い出す事です。バランスの取れたモノの見方が出来るようになるには、これが何よりの近道となります。

 

自分のミスでもないのに謝ってしまうワケ

 

自分のミスでもないのに、何かにつけて「つい謝ってしまう」というのは、よほど日頃から何かしらの罪悪感に悩まされているか、単純に「一番楽な方法」に逃げているかのいずれかです。

 

すぐに謝り他人の考えに従う事は、対立を避ける上では何よりも楽な方法なのです。しかしこのような事をしていると、自分の尊厳を犠牲にしている事になります。

 

自尊心を簡単に手放すような行為ばかりをしていると、中々取り戻せなくなります。また謝るべきではないのに謝っていると、ストレスは溜まり欲求不満が別の形となって現れます。「謝る」というのは、本来謝るべき時に謝るものです。その場の雰囲気に流されたり、謝らなくてもいい時にするものではありません。

 


 

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